2013年1月22日火曜日

「生命体に於いて、食べなくていいということは、自由だということ、そして革命的だということ」

(第三回アシッドテスト『実存と構造と生命体』より、「A.S.L. の動向」からの発言を文字起こししたものを校正) 

それではですね、ちょっとお話にもどって、「A.S.L. の最近の動向」ということで。私、昨年の暮れに入院してました。12月の中旬から。年末の28日には退院出来たんですけど、食べ過ぎちゃって腸閉塞になっちゃたんです。腸の処が詰まっちゃって。妻が白菜と豚バラの鍋のひき肉バージョンをつくってくれたのがすごく美味しくて、もうリクエストして5日間のうち3日間くらい、そのバリエーションでシラタキだなんだとかで猛烈に食べちゃったんです。子供の分にとっておいた分とかも食べちゃって。それでちょうどお歳暮の時期で、私が好きなものを贈っていただいてるので、もう好きなチョコレートだとかお煎餅だとかのお菓子で間食もしまくって、食べて食べて、あの猿にオナニー教えるとそればっかりしちゃうっていうのあるでしょ、あのような状態なわけ。で、もう中途半端なのがいやなのね、だってつまんないでしょ。でも妻は「少しづつ食べたら良いんじゃない」とか言うんだけど、好きなものは飽きるまで食べちゃって次何食べようかな〜みたいなのが幸せかなっていう感じだったんですけど。そんな事してたら胃と腸が壊れちゃって機能しなくなっちゃってたんですね。もう全部スルー状態で、だから幾らでも食べれる状態になって、で、調子にのってやってたら、ある時腸のなかで詰まっちゃって、明け方近所の病院に入院する事になったんです。

それはもう本当に死ぬかと思うぐらいに大変だったんですけど、関係各位には 1月20日のアシッドテストはもう無理だからってお電話して、ご迷惑をおかけしちゃうんで。そしたらもう大騒ぎになっちゃって。それで次の日になったらケロっとしちゃって、点滴が効いてるから元気になったんですね。それでサポートして下さってる windbellの富田さんとか松永さんとかいろいろな方がおられるんですけど、松永さんに電話したら、朝の10時頃だったんですが、すでに電車に乗って富田さんとこちらに向かっているところで、それで電話にでて「あっ、息子さんですか?」とか言われて、前日の電話で死にそうな声で「ダメだと思う」って言ってたから、「いやオレだよ、1月20日は演るからさ、今日来なくてもいいから」って言って、もう本当に本当に最低な奴なんですけど。まあそうしたことで。

私の作品の中に『フォーエバー・ヤン・ミュージック・ミーム 4 変奏集』というのと『サマー・ワークショップ 電子音楽篇』というDVD があるんですが、どちらもCCRE という会社から発売する事ができて、でも直ぐに倒産しちゃったんです。それで在庫が債権者に渡りまして、アマゾンなんかでは『変奏集』は千円しない価格でまだ買えるんです。これ絶対に買っておいた方が良いと思います。私が潤うわけではないのですが、CD と DVD と本がセットになっていて、本は110頁程あって、私の拙著『フォーエバーヤン・ミュージック・ミーム1』の続編的なものになってます。こうした物はなかなか作れる物じゃないんですね。観たり聴いたり読んだりして、ワクワクしたいと思うのでしたらこれは保証します。それに『DOOPEE TIME 2』が作品としてステッカーになっちゃったお話が入っていて勿論そのステッカーも付いてます。「なんだ『DOOPEE TIME 2』作ってるとかいうから待ってたら、ステッカーなんだ」とかそうゆう風に言われちゃうと、もうすみませんて謝るしかないんですけど、でも何か、「あぁ〜 DOOPEE TIME 2 ってステッカーだったんだ〜」っていう新鮮な驚きのあるセンスを受け入れてくれると嬉しいな〜とは思うんです。なにかぎすぎすしてなくて良いじゃない、「え〜CD じゃないんだ」とか言われても、そんな当たり前の物じゃないんだよね。だってもともと当たり前の様なことはやってきてないんだから。

それで、その本の中に以前病院に入院した時のお話があって、看護婦さんにモテちゃったのね。その時もいろんな方がお見舞いに来て下さって、ある時、お客様が帰っていったら看護婦さんが飛んできて「いまお見えになっていたのは須永辰緒さんですよね」って言うから「えっ、なんでそんなこと知ってるの?」って訊いたら「あの私、*オルガンとか行くんですよ、富田さんのことも知ってるんですよ。」(* 渋谷、宇田川町にあるクラブ、オルガン・バーのこと)って、えぇ〜、それでもうカッコつけてもダメだなと思って、すでに座薬とか入れられまくってたから。とても素敵なお嬢さんで、何か気が合う感じがあったんですよね。そしたら暮れに入院した時は6年ぶりの入院だったんですけど、その看護婦さんはちょっと偉くなっていてですね外来の化学療法の担当になってました。なんでも聞くところによると、一週間の内にカルテが廻って来て誰が入院してるか判るシステムになっているんですね、それである夕方、その看護婦さんが病室にひょっこり顔をだしてくれて、「富田さん、大丈夫ですか」って、「うわぁ〜、どうもその節は」って、私にとっては命の恩人のような方ですから、それで「昨年のリキッドルーム行ったんですよ、あんなに長い時間おやりになって、元気になられて本当に良かったです」って言われてもう泣きそうになりました。それでそんなこともあって、退院も決まった頃には元気になって病院内を散策してました。もともと機材を見るのが好きで、そうしたことが私の創作に反映するんですが、特に医療機器は先端技術なのでいろいろと見て廻ったりしてました。その日は土曜日の夕方でひと気もなくて、入院してからは、こんどは黒酢のドリンクばっかり飲んじゃってて、アハハ、はまっていたんですね。病室の在庫が切れたので売店にもよって、それで病室にもどろうとしてたら、ばったりあの看護婦さんと出くわしたんです。大きな総合病院なんですが、その時はがら〜んとしてて人影もなかったんです。あ〜何かご縁があるのかな?と思ったのですが、深入りするのはヤメようと思ってご挨拶だけすませてもどりました。

まあ、オーディオ・サイエンス・ラボラトリーの近況は、このようなことで... あの「生命体」ということで命に関わることで、こうしたお話でいいでしょうか?「実存と構造と生命体」ということで。何か小難しい事を言っちゃってもね、カッコわるいじゃん。
人間 (生命体)ってやっぱり、食べなくちゃいけないっていう事が最大の弱点なんですよね。だから腸が詰まっちゃってる最初の10日間くらいは食事が出来ないから全て点滴なんです、ですから食べなくていいでしょ。それはね本当に体験してみるとすごいことなんです。食べる事を考えなくてもいいということはとても自由な感じがするの。うゎって思って、食べる事って大事じゃないですか、箸を使って食べたり、お昼はパンにしようかな?とか、そういった事も一切考えなくてすむのね。あれが食べたいとかこれが食べたいだとか思わないの、お腹も全然空かないし。点滴は腕からだと血管が細いからボロボロになるんだけど、首の太い血管からだと栄養をがんがん入れられるから、だから全然元気なわけ。これはもう本当に凄い体験でした。食べるっていうことは弱点でもあって、まあ楽しみでもあるんですけれど、そうゆう様なことで。

追記。
入院中のこの体験は、どんな革命思想よりも鮮烈でした。
食べなくていいということは、食べる心配をしなくていいということで、つまり働かなくていいということだ。入院中の処方によって感じた束の間の自由で強烈な解放感はその事にもあったのだ。そんな事してたら食っていけなくなるぞとか、食っていく為の労働の対価だとか、もうそんな事は考えなくても済む世界。そうゆう生命体だとするならば、もはや政治や宗教や、その他全て私達人類に課せられた全システムから、私達は無限の彼方へ解き放たれるのだ。それは死後の世界と通低しているのかもしれない。

追記2。
ドラッグ体験といわれれば、そうなのですが...
まぁ意識が拡大しちゃってるんですね。

追記3。
以前凄いお金持ちの知り合いが私の悩みは生きがいを見つけることと言っていたのを思い出す。































ステッカーだった ”DOOPEE TIME 2"





『フォーエバー・ヤン・ミュージック・ミーム 4 変奏集』
http://asl-report.blogspot.jp/2008_04_01_archive.html


『ヤン富田のサマー・ワークショップ 電子音楽編』
http://asl-report.blogspot.jp/2008/08/blog-post.html